招き猫の由来とは?色の意味は?右手と左手で招くものが違う!?


福を招くとされる「招き猫」は、縁起物としてメジャーな存在です。
ベーシックな陶器製のものから、ぬいぐるみやキーホルダー等、様々な招き猫グッズが存在します。

普段から招き猫グッズを身に着けているという方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

ところで、この招き猫の由来とは、どんなものなのでしょうか?
そして、右手と左手で招くものが違うというのは本当でしょうか?

今回の記事では、招き猫に関するトリビアを、あれこれ見ていきたいと思います。

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招き猫の由来とは?


招き猫の由来には諸説ある

招き猫の由来については、いくつかの説があります。
日本各地にある様々な説の中から、4つの説を紹介します。

豪徳寺由来説


招き猫は、東京都世田谷区にある豪徳寺という寺に由来するという説です。

江戸時代の初めころ、豪徳寺は小さく貧しい寺でした。

ある日、彦根藩2代目藩主の井伊直孝(いいなおたか)が、鷹狩りに行った帰りに豪徳寺の前を通りかかります。
すると、和尚の飼い猫(「タマ」という名前)が、門の前で直孝一行を手招きしたのです。

それを見た直孝は、タマに導かれるように豪徳寺の中へと入って行きました。
そして、和尚の説法を聞きながら、しばらく休憩をすることにしたのです。

すると、直孝が休憩を始めて間もなく、激しい雷雨が降り始めました。

雷雨に降られずにすみ、ありがたい説法も聞けた直孝は大変喜びます。
そして後日、豪徳寺に多額の寄進をしました。

貧乏寺だった豪徳寺は、この寄進により息を吹き返したのです。
さらに、この縁により豪徳寺は、井伊家の菩提寺になったといわれています。

時が経ち、直孝を招いたタマが死ぬと、和尚は墓を建てて弔いました。
後には境内に、タマを祀った招猫堂というお堂も建てられます。

そして、猫が片手を挙げた姿をかたどった「招福猫児(まねぎねこ)」が作られるようになりました。
この「招福猫児」が、現在の招き猫へつながったというわけです。

なお豪徳寺は、桜田門外の変で暗殺された井伊直弼(いいなおすけ)の墓があることでも知られています。

今戸焼由来説


招き猫は、東京都台東区今戸の周辺で焼かれていた、今戸焼という陶磁器に由来するという説です。

江戸時代の末期、現在の東京都台東区浅草に、老婆が愛猫と一緒に暮らしていました。
しかし、老婆の生活は貧しく、とうとう愛猫を手放さざるを得なくなるのです。

ある夜、愛猫を手放し喪失感に打ちひしがれていた老婆の夢枕に、その猫が現れます。
そして、「私の姿を人形にしたら、必ずや福徳を授かる」と告げたのです。

そこで老婆は、今戸焼で愛猫の姿をした人形を作りました。
そして、その人形を浅草神社の鳥居横で売ったところ、大評判になります。

老婆は愛猫の人形によって、富を得ることができました。
この今戸焼の人形こそが、招き猫の由来になったというわけです。

自性院由来説


招き猫は、東京都新宿区にある自性院という寺に由来するという説です。

室町時代の後期、現在の東京都中野区において、太田道灌(おおたどうかん)と豊島泰経(とよしまやすつね)の間で合戦(江古田・沼袋原の戦い)が行われます。
この戦の緒戦に敗れてしまった道灌は、退却の途中で道に迷い、窮地に陥ってしまいました。

すると、道灌の前に1匹の猫が現れ、手招きをしたのです。
猫に導かれるまま歩いた道灌は、自性院という寺に辿り着きます。

このことで危機を脱した道灌は、勢いを盛り返し、この合戦に勝利するのです。
道灌は窮地を救ってくれた猫に感謝し、この猫の死後、自性院に「猫地蔵」を奉納しました。

この「猫地蔵」が、現在の招き猫のモチーフになったというわけです。
なお、「猫地蔵」は、毎年2月3日の節分会で開帳されています。

伏見稲荷大社由来説


招き猫は、京都府京都市にある伏見稲荷大社に由来するという説です。

伏見稲荷大社は、日本に40,000社あるといわれる稲荷神社の総本山になります。

その伏見稲荷大社では、参拝者の土産物に土人形を配っていました。
稲荷山の土をこねて素焼きした土人形には、五穀豊穣の御利益があるとされたのです。

土人形は様々な姿で作られたのですが、そのうちの1つに招き猫がありました。
この土人形の招き猫は、江戸時代末期頃に登場し人気を集めます。

それが全国に広まったのが、招き猫の始まりというわけです。

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右手を挙げる?左手を挙げる?両手を挙げる?


一見すると、どれも同じポーズをしているように見える招き猫。
しかし、よく見ると、手(前足)の挙げ方に違いがあることに気づきます。

右手を挙げているか、左手を挙げているか、それとも両手を挙げているかです。
実は、どちらの手を挙げているかによって、招く「福」の種類が異なります。

■右手を挙げた招き猫

右手を挙げている招き猫は、「金運」や「幸運」を招くとされています。
一般の家庭に置くのであれば、この右手を挙げたタイプが良いでしょう。

なお、右手を挙げている招き猫は、オス猫といわれています。

■左手を挙げた招き猫

左手を挙げている招き猫は、人(客)を招くとされています。
商売繁盛につながるため、商いを営む商店や会社等に置くのに適しています。

なお、左手を挙げている招き猫は、メス猫といわれています。

■両手を挙げた招き猫

まれに、両手を挙げている招き猫を見かけることがあります。
両方の「福」を招くかと思いきや、あまり良い意味にとらない方も多いようです。

両手を挙げたポーズは、「商売あがったり」「お手上げ」を連想させます。
つまり、商売をしている人たちにとっては、縁起物にならないというわけです。

「あまり欲が深すぎるとダメ」、ということなのでしょうね。
なお、両手を挙げている招き猫は、オス猫かメス猫かはっきりしていません。

■手の高さにも意味がある

招き猫を見比べると、同じ方の手を挙げていても、高さが様々であることに気づきます。
実は、挙げている手が高ければ高いほど、遠くからも「福」を呼び込むとされているのです。

つまり、手を高く上げた招き猫ほど、多くの「福」を招いてくれる猫といえます。

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招き猫はどうして三毛猫なの?


最近は、様々な種類の猫が招き猫となっていますよね。
しかし、招き猫において最もベーシックな猫は三毛猫です。

どうして三毛猫が招き猫のモチーフになっているのでしょうか?

実は、三毛猫のオスが、非常に希少であることに関係しています。

三毛猫は遺伝子上、メスが産まれやすく、オスはほとんど産まれません。
オスが産まれる割合は、1000匹に1匹といわれているんですね。

このように、三毛猫のオスは非常に貴重な存在であることから、幸運の象徴として招き猫のモチーフになったというわけです。

招き猫の色にも意味があった!


近年の招き猫は様々な色で作られており、非常にバリエーションが豊富です。
そんなカラフルな招き猫ですが、その色にも、それぞれ意味が込められています。

■白・・・神聖な色である白は、「開運」を招く

■黒・・・黒猫は魔力を持つとされ、「魔除け」の力がある

■赤・・・赤には厄除けの力があり、「無病息災」を招く

■黄・・・風水では金運の色とされ、「金運」を招く

■桃・・・恋愛をイメージする桃色は、「恋愛成就」を招く

■青・・・「学業向上」の福を招くとされる

■緑・・・平和を意味する緑は、「平穏無事」の運を招く

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招き猫の日があります!


9月29日 は1995年から、「招き猫の日」という記念日に制定されています。
制定したのは「日本招猫倶楽部」という、日本で唯一の招き猫愛好家の団体です。

その制定の趣旨は、「いつも手を挙げて、私たち人間に福を招いてくれる「招き猫」に1年に1度くらいは感謝する日があってもいいのではないか」というものになります。

そして、9月29日が選ばれたのは、「9(来る)29(福)」の語呂合わせによるものです。
「日本招猫倶楽部」によると、9月29日は「招き猫の魅力をアピールし、多くの人に福を招いてもらう日」だとしています。

関連記事:「猫の日」はどうして2月22日?他の国では?イベントは何かある?

この9月29日には、日本各地で招き猫のイベントも開催されています。
愛知県瀬戸市や三重県伊勢市、長崎県島原市の「来る福招き猫まつり」が有名です。

外部リンク:愛知県瀬戸市「来る福招き猫まつり」

外部リンク:三重県伊勢市「来る福招き猫まつり」

外部リンク:長崎県島原市「来る福招き猫まつり」

日本招猫倶楽部とは?


「日本招猫倶楽部」は、1993年に設立された任意団体です。
招き猫に関する情報交換や書籍の出版、招き猫イベントのサポートといった活動を行っています。

現在の会員数は、500名ほどの規模になるようです。
事務局は、群馬県の嬬恋村に置かれています。

外部リンク:「日本招猫倶楽部」公式ホームページ


今回の記事では、招き猫に関するトリビアを、あれこれと見てきました。


今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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